トップページはこちら
契丹古伝本文ページはこちら
神話論の目次はこちら
契丹古伝の始祖神話と日本神話 補論1
○天照大神男神説に関するいくつかの話題
しばしば、天照大神は実は男神である、という指摘がなされることがある。
しかしこの言い方の中には、色々なレベルの話がごちゃまぜになっている点に注意しなくてはならない。
それゆえ本来整理して論じる必要があるが、いきなり抽象的な話ではかえって理解しづらいと思われる。
そこで、本ページでは太陽男神に関してよくとりあげられる話題をミニトピックとしていくつか
アトランダムに掲載してみた。契丹古伝の読者には興味深いと思われる具体例も多いことから、
かえって読みやすいのではないかと思う。
太陽男神説について、本ページに掲載した以外のより立ち入った説明については、特別補論のページ
を参照頂ければ幸いである。
それでははじめに、よく男神説の根拠として
引き合いに出される天照御魂神や天照国照彦火明命
の話から始めよう。
●アマテル信仰と天照国照彦火明命
アマテル神については対馬の阿麻氐留神社等で祀られる神であり、対馬においては
中世の僧侶によりアレンジされて「天童信仰」として伝わっている。天照御魂神と同一ともされる。
その伝承を紐解いて検討すれば、対馬で祭祀対象となっているアマテル神こそ、後の天童信仰に
おける「天童」に相当することがあきらかであるといえる。
従ってこの太陽男神は、「太陽父神」ではなく「太陽子神」つまり「御子神的存在」
であると解される点に注意されたい。日光感精型神話は付随しているが、やはり天童とその母への
信仰が主である。
一方、天照国照彦火明命という神については、尾張氏・海部氏の先祖としても登場する存在で、
天照大神男神説の証拠としてよく言及される。
だが、この神もよくよく検討してみると対馬のアマテル神信仰と無関係ではない面がある。
(むろん、「天童信仰」のような改変は受けていないから、一見別々に見えるのではあるが。)
それなりに似た神格ではないかと考えられるのである。
以上のことからすると、本来の太陽神は男性神であるという論議がなされる時にしばしば
阿麻氐留神社や天照国照彦火明命が引用されるが、それは「太陽父神」ではないことからすると
ミスリードされた議論のような気がしてならない。
羲和神の子も、まさに「太陽子神」であるのだから。
●太陽子神の後継者もやはり太陽神たりうる
上で太陽子神、つまりスサナミコ的存在も天照神となりうるという話を書いた。
これをさらに拡張すると、スサナミコの後継者的存在もやはり天照神とは呼ばれうるといえる。
したがって、後継者的存在の中でも、とりわけ光輝ある業績を残された方が天照大神(男神)と
呼ばれることはありうる。
そのような男神の存在があったとしても当然、女神の天照大神が不存在ということにはならない。
●「向津媛」の名称に基づく説明への疑問
アマサカルムカツヒメの神名の一部でもある「向津媛」について、「向津」の部分に着目し、
太陽神(太陽父神)に向かって奉仕する巫女、の意味とする説明もよく見かける。が、
契丹古伝の始祖神話と日本神話 その6の 「注6-1 荒魂」で、
日祖の名 阿乃沄翅報云戞霊明(アノウシフウカルメ)と
天疎向津媛(アマサカルムカツヒメ)の御名前はどこか似ているように思われる。
この点は案外重大かもしれない。
と述べたように、ムカツヒメをウカルメの類音表現と解すれば、向津の文字面づらに拘泥するのは
適切でないことになる。
従って、ムカツヒメは日に向かうのだから太陽神自身ではない、という理屈は、実は誤りなのである。
●ヒルメのルを助詞とする説明への疑問
ヒルメのルを助詞の「~の」と同義としてヒルメを「日の女」と解する説がわりあい多く見られる。
そして女を単なる女性、女神と解すれば溝口睦子説のようにヒルメ=日の女神となり、
女を「妻」の意味に解すれば「ヒルメ」=「日(太陽父神)の妻」と解する大和岩雄説のようになるといえよう。
しかし契丹古伝を使えば、これらの見解に対し否定すべきという結論に至ることができる。
契丹古伝には日本神話の登場人物を思わせる固有名詞が多く登場するが、
例えば「ウエセミコト」が決して「ウエセ『ノ』ミコト」とはなっていないことに注意されたい。
記紀の神々のように「~の」という助詞を頻繁に挿入するのは、日祖を起点とする悠久の歴史の中で見れば
比較的後世の習わしであろうと推察される。
日孫の名阿珉美・辰沄繾翅報・順瑳檀彌固
にも「~の」にあたる単語は含まれていない。
するとオオヒルメに相当するウカルメについて、ウ=大、カ=日、メ=女性の意味とした時に、
ウカルメ=「大いなる日『の』女性」とはならず、ルは何か実質的意味内容のある
神聖語であると考えられる。例えば霊力に満ちた方とか、神威に溢れた場所とか、
そのような意味を有する可能性がある。
またこのルは、タナラ音転によってムカツヒメの「ツ」に変化する他、場合によっては「タ」
その他の形にもなりうると自説では考えている。
これらのことから、「ル」は助詞ではなく、むしろ名詞であると考えられる。
従って、ヒルメ=日の妻と解するのはそもそも無理であると考える。また、単純に「日の女性」
という意味でもない。
●古代豪族系譜と始祖女神の関係
天照大神といってもいろいろなレベルの存在がその名で呼ばれるという話を上に記した。
そこでこの項目では日祖・阿乃沄翅報云戞霊明
のような始祖女神的存在としての天照大神に限って
の話をしていきたい。
そのような意味での始祖女神についていえば、古代豪族系譜にもそのような女性始祖は登場しない
から、実際には日本とは無縁であるという見解もありそうだ。
しかし、①究極的始祖神とは別に、族祖としてその子孫の誰かを設定することは一般にいくらでも
ありうることであり、その族祖は当然男性となるのが通常である。
②それとは別に、始祖的神格を族祖とする系譜というのも存在しうる。どういうことかというと、
一般に始祖的神格として知られている名称と違う名称をその氏族が伝承していた場合や、異なる
系統の始祖神格を祖と仰いでいた場合、(表面上の建前は別として)その始祖的神格を
族祖として系譜が作られることがありうるのである。とすると、その場合始祖女神が
族祖とされるはずということになりそうではある。
ただ、この場合であっても、男性優位の傾向が高まる中で始祖も中性的神格や男性的神格に改変される
ことが世界的にみられることを考慮すべきである。
すると、系譜上男性を始祖的神格としているからただちに始祖女神は本来不存在と決めつけるのは、
妥当でないことになる。やはり改変は大いに考慮すべきだろう。
男性優位の傾向というのが、世界的にみても北方系の氏族に多くみられることは民俗学などでも
多く指摘される。
南方には、割合と、女性始祖神や女性族祖の伝承をもつ部族が多いのであって、田中勝也氏が
好んで取り上げられていたところである。
ただこれは北方にはそのような伝承がもともとなかったことを意味するのではなく、男性優位の
傾向の中、徐々に変化していったということも一般に指摘されていることである。
例えば昔は夫余神という女神の廟があったことが記録されている(『(北)周書』巻四九)。夫余神という名称から
して、始祖廟的なものであったのではないか。単に受精するだけの、河の神の娘に過ぎないのであれば、
国の名を冠するほどの神であることと矛盾するのではないかと思う。
したがって、田中勝也氏が南方諸族の例ばかり列挙されていたのはやや妥当性を欠くものであり、
上古の神概念を復元した上で総合的に考察するのが本筋であると考える。
以上①②より、「古代豪族系譜に女性始祖は登場しないから、始祖女神の観念は日本とは
無縁である」という見解は採用しがたい。
太陽男神には、太陽子神的性格の神もあれば、始祖太陽女神の一機能が始祖男神に成り上がった場合
もありうるということを検討していくべきである。
●冒頭でも記したように、太陽男神説については、
「契丹古伝の始祖神話と日本神話 特別補論
(「太陽父神説」・「巫女の女神への成り上がり説」(大和岩雄氏らの説)についての疑問」)
において、補論1の内容との重複を避けつつ論じてみたので、参照いただければ幸いである。
神話論の目次へもどる
2021.11.11
(c)東族古伝研究会