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契丹古伝の始祖神話と日本神話 その4
○契丹古伝の始祖神話の特徴 続
前回までにみたように、契丹古伝の始祖神話は羲和神話や、洞窟で生まれる太陽の神話に
近い特徴をもつと考えられる。
そして、羲和神話にしても契丹古伝の始祖神話にしても、「父なる太陽男神の存在」があまり
感じられないという特徴がある。
神話の類型としてしばしば、水の女神に日光が射して女神が懐胎するというもの(感精神話)
があるが、これはむしろ後に変化した形と見るべきなのではないかと思える。
この型の「日光」を男性太陽神と捉えて始祖神の主要神格とする考えがあるが、自分は
そのような考えには慎重である。
注・上賀茂神社・下鴨神社の神話でいえば、丹塗矢を持った神(火雷神)が登場し、
上賀茂神社の祭神の父にあたるとされる(雷神であって日神ではないという声もあろうが、
矢が刺さるという点で一部の太陽神話と共通のモチーフではある。
これについては大和岩雄氏も賀茂社の雷神を太陽神的に捉えている
)。
しかし、賀茂神の信仰においても、この火雷神は両神社のメインの祭神ではなく、
上賀茂神社は子神、下鴨神社は母神が主たる祭神であることに留意すべきであろう。
(また、沖縄の王墓についても興味深い点があるが注4-1を参照されたい。)
○母子神信仰・御子神信仰との関連性
さて、羲和神話の説明のところに登場した「空桑」について、
空桑というのは他の伝説にも登場すると上で述べた。、
そのひとつが、殷の賢者伊尹が空桑の木の空洞から生まれたとする話である。
伊尹の母は洪水の際に後ろを振り返ったため、「空桑」の木にされてしまう。
その後ある人がその空桑の木の空洞に赤ん坊がいるのを見つけ、それが伊尹だという。
伊尹は洪水神だという意見もあるが、このような「空桑から生まれる伊尹」という伝承の背景
にあるのは一種の母子神信仰的なものではないかと自分は見ている。
田中勝也氏は母子神信仰に関する点についてはあまり言及されないが、
母子神信仰ないし懐胎信仰というような
ものが「穴のあいた桑」と関連していると見ることができるのである。
契丹古伝の始祖神話も、日祖が日孫を出産する情景が語られているのであるから、
母子神信仰的なものと見ることができそうである(子神に対する信仰としては御子神信仰)。
もしこの推理が正しいとして、かつ、契丹古伝の始祖神話的なものが日本にもかつて存在
していたとすれば、日本にも母子神信仰(懐胎信仰)・御子神信仰的なものがあったはずである。
ただ、こう書くと、たいてい、日本には母子神信仰・御子神信仰がほとんど存在しないという指摘を
される方が現れるようだ。
しかし、世界にもこの型の信仰が非常に多くみられるのに、
土俗の信仰を含めると多種多様の信仰が重畳している日本に母子神信仰の存在がないという
のは不自然ではないだろうか。
そこで詳細な検討を本来要する所であるが、長くなるためここでは割愛して分かりやすい例を
いくつか挙げておこう。
例えば、子宮の中に異様なほど長く留まってから生まれた子を尊いとする信仰が日本にあった
ことについては数多くの例があり、具体例を挙げるまでもないほどである。
また、胞衣をかぶって生まれた子が尊いとする信仰もある。
これらは、母胎の霊力を沢山身にまとっている方を尊いとする発想であり、
母子神信仰(懐胎信仰)的なものの現れであろうと考えられる。
それゆえ、自分は、神子神孫の国である日本においても、
①母子神信仰的なものがかつては今より明確な形で存在し、
②それに対応する始祖神話として契丹古伝の日祖・日孫に近い神話が存在していた
ものの、王権神話については何らかの事情でその神話が改変ないし消去されたと考える。
また、母子神信仰についても(忖度等によって)次第に下火になり、人々の無意識下にのみ
残されるということになったのではなかろうか。[注4-2]
つづく
注4-1 沖縄の王墓について
沖縄の王墓・浦添ようどれの構造は、 東に向かい急坂を下った先に、
暗しん御門 という暗いトンネル→明るい二番庭→
なーか御門(アーチ門)→一番庭(王の墓室) というものであり、安里進氏によれば、前述のように、
(一番庭の)「墓室は断崖に掘られた大きな洞窟で、太陽が生まれるテダが穴だと考えられ」るとされる。
冬至の日に、太陽がアーチ門から現れて(門より西側の)闇を照らすことになるが、
これは一番庭で再生した太陽神がテダが穴から出てくる様子を模したものと解する
ことができる。
(一般にありがちな解釈としては、男性太陽神(父神)がアーチ門を照射して何かを産ませる
というように考えられそうだが、そうではなく、再生を完了した太陽神(子神)
が生まれ出でる様子、つまり穴から顔を見せ、
その御来光を拝める状態になるというように解することができるのである。)
(もちろん、沖縄にも各種の概念が併存していても何ら不思議でないことは当然である。)
注4-2 人々の無意識下にのみ・・
「母子神はない、子神もスクナヒコナ神ぐらいしかない」などの声が時々きかれるが、
自分の暮らす世間を見渡せば、実は母神・子神概念の変形したものが結構存在しているのでは
ないかとは思う。ただそれとは気づけないだけではないだろうか。
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2021.11.11
(c)東族古伝研究会