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契丹古伝の始祖神話と日本神話 その2
○日本神話との微妙なズレについての考察
前述のように、契丹古伝の始祖神話と日本神話に微妙なズレがあり、それを合理的に
説明するため今までの解釈者は種々の工夫をしてきたところである。
では、当サイトとしてはどう考えるのかということになるが、順を追って検討していきたい。
そもそも、日本神話のイザナギ尊以下の部分には2種類の系統の異なった神話が混在している
ともいわれている。
すなわち、①イザナギ尊が眼を洗って日神・月神などの三貴子が生まれたとする伝承は
やや南方系で、大陸の江南系神話に近いともされる。一方、
②天照大神が孫を天孫降臨させる話は、垂直型天孫降臨神話として北方系の要素があるとも
される。
日本神話の場合、①と②が合体させられたような話になっているが、通常の始祖神話においては、
この「①と②が両方とも現れ、かつそれらが近接して語られる」というストーリーは
まず存在しないのではなかろうか。
①と②のうち、契丹古伝の始祖神話に近いのは②の部分であろう。
ところが、契丹古伝の始祖神話は田中勝也氏も指摘されている
ように始祖神としての太陽女神信仰の面影を残しており、そうだとするとその前に①的なものが
来ることは考えにくい。なのに、日本の場合②の前に①が来るのはどういうことなのだろうか。
日本の場合、何か特殊の理由があって、人格神たちの活動の軌跡を始祖神話として
構成する必要があり、その際に、国を支える重要勢力の神話を利用し混合させて始祖神話
を作ったという可能性もある。
その場合、②として語られている神話の原形として、本来の始祖神話が実は存在していて、
それが隠されてしまった(②に吸収された)という可能性も出てこよう。
その本来の始祖神話は、契丹古伝のそれに似ていたという可能性はないだろうか。
つづく
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2021.11.11
(c)東族古伝研究会