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契丹古伝(東族古伝)本文 (全文)と解説

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契丹古伝の東族語「辰沄」は 日本・沖縄共通古語「シナ(シノ)」と同じで「太陽」もしくは「光」の意味 がある (「辰沄」の意味の真解釈)

(要旨)
契丹古伝には「辰沄」という語がたびたび登場する。浜名氏はこれを「シウ」と 読み、「辰」=東(の)、「沄」=大(きな)という意味に解し、これが通説となっていた。
しかし、~辰沄氏という使い方からしても、「辰沄」というセットの形で名詞のような意味合いがあるはずだ。 また、「辰沄」のような重要な東族語は何らかの痕跡を日本語に残しているはずだ。
その観点から、日本周辺の古語を探索すると、日本・沖縄共通と推定される古語「シナ(シノ)」 が浮かび上がる。
その意味は、「太陽」もしくは「光」であると考えられており、当サイトでは「辰沄」を「シナ(シノ)」に 関係する語と捉えたい。
これが正しいとすると、辰沄繾翅報は、東大国皇の意味とはされているが、「太陽国皇」のニュアンスが あることになろう。
さらに、中国を指す外国語表現(China、支那)の語源が意外にも東族語だったということにもつながるので、 それなりに重要性のある論点であると思われる。

(本文)
この問題は、本文解説ページにも簡単には触れているので、重複を省きたいところではあるが、
重要な論点ではあると考えているので、小見出しをつけながら解説していきたい。

①問題の所在~「辰沄」は単に「東の大きな」という形容詞なのか

契丹古伝には「辰沄」という語がたびたび登場する。
契丹古伝第3章において、辰沄繾翅報は、東大国皇の意味と契丹古伝の著者自身が解説している。そのため、 浜名氏は「辰沄」を「シウ」と読み、「辰」=東(の)、「沄」=大(きな)という意味に解している。
一応もっともな解釈であり、これが通説となっているのだ。

しかし不審な点もある。

「辰沄」は契丹古伝中でひとかたまりの語として頻繁に使われる(例「辰沄固朗」)だけでなく、 ○○辰沄氏、のように氏の名称にも使われる(しかも今の例のように末尾に置いて使われている)。
これは、 単に辰沄が「東の大きな」という形容詞ではないことを示唆するように思われる。
「辰沄」のセットで何か名詞のような役割を果たしていないだろうか。


これを検討する際には、次のような前提を置いて考えるのがよさそうである。
すなわち、そもそも、複数の「辰沄氏」国のグループ・連携という辰沄固朗の発想が、今日においてもまったく 何も残されていないということがあるだろうか。
別の所にも記したが、日本には東大古族語・東大古族文化の大きな伝統が残されていると考えられる。
4章の共通用語論からしても、日本の古語などのどこかに、辰沄にあたる語が残っているはずだということになる。

②日本・沖縄共通古語「シナ(シノ)」が「辰沄」相当語ではないか

日本の古語などのどこかに、辰沄にあたる語が残っていないかという 観点で探索したところ、最も可能性が高い語として、言語学者として名高い故・村山七郎氏が強調された 日本・沖縄共通古語「シナ(シノ)」が該当すると考えられる。
その意味は「太陽」もしくは「光」と考えられており、
これが正しければ「辰沄」=「シナ(シノ)」=「太陽」もしくは「光」 ということになるのだ。
辰沄が東大と解されてきたこととの整合性が問題となるが、
東大は「東の大きな」ではなく、「東の方から昇る大きな物体」のように考えればよいと思う。
辰沄は「東の大」でもあるし、「太陽」「光る物体」でもあると考えることができるのである。

そこで以下村山説を簡単に紹介しておきたい。

③村山説:万葉古語「しののめ」の「しの」は 古琉球語「しな(太陽・光の意味)」 と 同じ意味

村山説に触れる前に、琉球語(沖縄方言)についてコメントしておく。
琉球語(沖縄方言)は、近世において日本語の標準語に比べてかなり訛りの程度が激しくなってしまった ために、日本語と遠い言語と誤解されがちである。
しかし、むしろ古い日本語の雰囲気を実は保っている言語である。
有名な例を挙げよう。「きよら(清ら)」という日本語があるが、『枕草子』では「美しい」という意味で つかわれており、本来は美しいというニュアンスの語であった。
そして、「ちゅら」という沖縄語は、実は「きよら」が訛ったものであり、「美ら」と表記されることでも 分かるように、その意味は「美しい」という古義を保っているのである。

沖縄は、平安時代以降、日本とは独自の道を進んだと思われる。そのため、日本ではさまざまな形で 語彙が整理されていったことがあったにしても、その影響を受けにくい立場にあった(敬語などもそうではないか)
そのため本土では消失した東大古族語が保持されていてもおかしくないと考えられる。

それでは村山七郎説の内容に入っていく。  (村山七郎『琉球語の秘密』筑摩書房 1981 p.137参照)

村山氏は「琉球語には『太陽』を意味するシナという言葉があった。」
として、『おもろ』(『おもろさうし』。16~17世紀に首里王府が編纂した歌集)の中から2つの例を引用する
5-22 てるしのは たかべて (太陽を たたえあがめて)
14-60 てるしなの まみやに きみげらへ てづて(照る太陽の 真庭に きみげらへ(立派な神女)が  手をすって祈って)

5-22の歌に出てくる「てるしの」については、18世紀の『混効験集』という書物に、
「てるかは 御日の事 /てるしの 右に同じ
(てるかは は、お日さまのこと。/ てるしの は、右(てるかはの項目)と同じ。)
とあるところから、「てるしの」は「照ル・シノ」でシノは「太陽」である、とされる。

また、14-60の方については、「マミヤはマ・ニワ(庭)からの音変化で、『神祭りの場所』である。
照る・シナは『照る太陽』である」とされる。

また、『おもろさうし辞典総索引』によれば、「てるしの」は「月」を意味することがあると 考えられるので、「シノ」には「発光天体」「光」の意味があるとされる
(村山七郎「日本語語源の研究」日本語語源研究会編『語源探究2』明治書院 1990年 p.261参照)

また、シノ・シナのうちいずれが正しい形かといえば、シナのようである、とされる。


さて、村山氏は「シナ『太陽』は古代琉球語にあるのみならず、古代日本語にもあった
(『琉球語の秘密』p.138。太字強調は引用者)」として

古今和歌集の歌の「しののめ」に言及される。
637 しののめの ほがらほがらと明けゆけば(以下略)
640 しののめの 別れを惜しみ 我ぞまづ(以下略)

この「シノノメ」が「夜が明けようとする時」であることは定説であるが、その語源については 諸説があり、細竹の芽という説もある。
村山氏はこれを「シノ(太陽)の目」と解し、日輪を指すもので、明け方という意味を派生したものと捉えている。
万葉集では「細竹 | しのの | めの 」という表記が使われているが、「しのび」の序詞として使われたに過ぎずシノノメの原義 を示すものではないとされる。

このように日本本土にも「シノ(太陽)」があったと村山氏は解するのである。

④「シナ(太陽)」の語源について

そして、この日本・沖縄共通古語「シナ(シノ)」の語源を村山氏は南方語に求める。
例:ガッダン語sínag「太陽」、フィージ語siŋa「太陽」などなど。
これらがオーストロネシア祖語t'inar「光」にさかのぼると捉えているのである。

当サイトとしては、シナ・シノは太陽もしくは光を意味すると捉える点では村山氏に賛成する。
しかし、語源については、東大古族語から来ていると捉える。そのため、単純に村山氏のように解釈 するものではない。
そもそも、北方の言葉でいえば、ツングース・満州語にも「太陽」を表す次の様な語があるようだ
(村山七郎『日本語の起源と語源』三一書房 1988年 p.279-p.280参照)
例:満州語 šun ウデヘ語 su:n ネギダル語 sivun~siγun~sijun など
(これらの推定原形はsiγun[村山氏による])  

ただし村山氏はこれらをシナ・シノに結び付けてはいない。
しかし、当サイトとしては広い意味でこれらを含め東大古族語「辰沄」に 関係があるかもしれないと捉えることにしたい。

ちなみに 外間守善氏は、琉球古語シノ、シナにつき、村山説に言及した上で、オーストロネシア祖語という前提は 立てずに、次のように指摘している(「日本語の世界9-沖縄の言葉‐」中央公論社 1981年 p.190。太字強調は引用者)
私には、まず沖縄の内側から沖縄の古語を解いていこうとする基本的な姿勢があるため、 前述したような沖純の文献資料にある呪詞や神歌の中から、 シノには太陽・日神、②昔、③照り輝いて美しいもの・聖なるもの・美称辞、などの意 味があることを明らかにしただけでとどめておきたい。


⑤「辰沄」 = 日本・沖縄共通古語「シナ(シノ)」 = 「太陽」(「光」)

「辰沄」は「しう」と読まれてきたが、辰の末尾の子音「ン」を生かせば、「しの」等の読みも 可能と考えられる。[注 辰沄表記]
そこで、「しの」が東+大の意味と解釈されたことから「辰沄」と表記されたというように 捉えるわけである。
「辰沄」=「太陽」(「発行天体」・「光」)の意味であるとすれば、「辰沄氏」は、「東大氏」でもあるが、
「太陽氏」「光の天体氏」というニュアンスを持つことになる。

辰沄は、契丹古伝において頻出する重要な東族語であるから、それを正しく解釈することができれば、 契丹古伝全体の良い解釈につながると思われるので、皆さまにおかれても検討されることをお勧めしたい。

⑥「日本」と「辰沄(繾)」は同じ意味か
注3 参照。

⑦シナの語源について
注1 参照。

⑧辰は東南を意味するという説について
注2 参照。

以上


注1 シナの語源
中国は英語でChinaチャイナ、フランス語でchine シーヌ、等と表記されるが、 その由来は始皇帝で有名な秦朝の秦からきているとされることが多い。
ただ、秦という音が辰と似ていることからすると、秦も辰(辰沄)という悠久の昔からの呼び名 から採られた名称で、東大神族であることを示すと考えられる。
とすると、結局チャイナの語源は辰沄から来ており、実は東大古族語だったということになる。
このことは今まであまり言及されたことはないと思うが、案外真実ではないだろうか。

もちろん、一般には辰沄氏とか東大神族とかいう概念は認められていない。
しかし、china系の言葉が秦以外の言葉からきているという説は契丹古伝と無関係 な所からも出されている。

そもそも、仏典には「支那」という表記が見られる。
この支那という表現の元となったのは経典中の サンスクリット語のCīnasthānaチーナ・スターナであり、この「スターナ」というのは単なる語尾 (タジキスタンとかのスタンと同じ語源) なので、核心部分は「チナ」となる(これに「支那」「震旦」などの字が宛てられた)。
このCīna(チナ)は、古くインドから中国を呼ぶ時の言い方であり、古代インドの叙事詩 『マハーバーラタ』にも登場する語である。もちろんこれも、諸侯国としての秦から来た語とも 考えられるが、確定した説ではなく異論もあるのである。(なお、注4の補足参照。)

どちらにせよこの、チナやシナは、契丹古伝の「辰沄」に相当する言葉から来ているのではないかと 自分は考えている。
このように考えた時に、「シナ」は辰沄氏であることを示す(東族語の)佳称であることになる。
それは結局、古語「しののめ」の「しの(=太陽、光)」や沖縄古語「てるしな」の「しな(太陽)」 とも同源の言葉ということになる。
いうまでもなく、契丹古伝では大陸の五原はスサナミコ以来、(西族に奪われるまでは)東族が支配した のであるから、東族支配時代からシナ=辰沄氏の呼び方が存在していたと捉えることができる。
外国もその名で早くから呼んでいたと考えられる(もしくは秦の諸侯時代以降?かもしれないけれども)。
そして、西族支配になっても外国からはシナの呼称で呼ばれ続けたと考えるわけである。

そうすると、しばしば中国のことを中心の国と認めたくないがゆえにわざわざ「シナ(支那)」と呼ぶ人が おられることは承知しているが、本当に(西族の国体をもつ国に対し)シナというような呼び方を することが別の不都合を生じさせていないかをも検討すべきではないだろうか。



注2 辰は東南を意味するという説について

辰という字が宛てられた背景として、しばしば憶測で十二支の辰で 東南方向を表すという説もみられる。が、辰という漢字にはもともと天体という意味もあるから、
「しの」の本来の意味である「太陽・発光天体」を考慮した上での宛て字、という線も十分ありうるといえる。


注3 「日本」と「辰沄(繾)」は同じ意味か

「辰沄」=「シナ」=「お日さま(もしくは発光体)」ということになると、結局「辰沄(繾)」と「日本」は同じ 意味ではないかということになってくる。

実は、「日本」が稀に日本以外の国(例:百済)や場所について用いられる例があり、 半島南部に「○○日本」という地名が複数書き込まれた地図も存在している。
○○日本となると、契丹古伝の○○辰沄氏と似た発想ではないか。
もちろんそれは、日本列島の日本がそれらの国の分国であるということを意味しない。
それらの例に関する、よりまともな解釈としては、単に日の昇る東方の国という おめでたい意味で「日本」名称を使用したに過ぎない、というものが考えられる。
しかし当サイトでは、単なる美辞とするのではなく、さらに踏みこんで捉え、「日本」は「辰沄(繾)」とか「辰沄氏」の代用語 | ●●●であったのではないかと 考える。
それゆえ、(本邦以外でも)辰沄氏系の国であれば日本という呼称を用いるという事象は場合により発生しうると考える。半島の使用例はそのように捉えればよいと考えられる。
そして、堂々たる神子神孫国である「日本国」も当然、辰沄繾と同義ということになり、 その実体にふさわしい表記を有して永く存続してきたということになる。


注4 (Chinaの語源についての補足──やや専門的内容を含む)
サンスクリット語のチナの呼称は、夷の一種である夜郎国から来ているという説もある。しかし、 夜郎の読みの一つ「ʑi-na」に対応させる点に難があり、本サイトでは採用しない。
「ʑi-na」は、『夜郎史伝』という古い書物の解説書『夜郎史伝』において、原文に掲載されている「夜郎」の二文字に対し解説者が付加した発音表記 であり、同解説書の編集の際、国際音声記号を用いて原文の下部に添加されたものである。
しかし、それらの表記は紀元前の発音とは思われない(ʑiのiは紀元前ならaになるべき)ため、 この表記を使って紀元前の呼称の根拠とするには問題がある。(ʑという子音とヤ行子音とが混用される言語であり、前者は後者の異形に過ぎないとも考えられる。)
(ちなみに契丹古伝的にいうと、夜郎は20章の暘霊毗系の国の一種であろう。)
以上


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2020.7.28